大正の終わりごろ、大阪の下町の小さな銭湯の看板娘?花田鈴子は、歌って踴るのが大好きな天真爛漫(てんしんらんまん)な女の子です。やがて、小學(xué)校を卒業(yè)した鈴子は「歌と踴りでみんなを笑顔にしたい」と思うようになり、道頓堀に新しくできた歌劇団に入ります。必死に稽古にはげんだ鈴子は、メキメキと成長、抜群の歌唱力で頭角を現(xiàn)していきます。昭和13年、鈴子は上京します。そこで、ある人気作曲家と出會い、大きく運(yùn)命が変わります。鈴子は、作曲家の指導(dǎo)を受け、“スウィングの女王”と呼ばれ人気ものになっていきます。しかし、戦爭が始まると、鈴子が置かれた狀況は一変します。鈴子の歌っていた歌は「敵性音楽」となり、鈴子は歌や踴りが厳しく制限されてしまいます。さらに、鈴子の弟は出征。また、ちょうどその頃、鈴子の母も病気で亡くなってしまいます。不幸が重なり悩んでいた鈴子は、ある青年と戀に落ち、結(jié)婚を誓いあいます。しかし、青年の家族は大反対、結(jié)婚はなかなか実現(xiàn)しません。やがて戦爭が終わり、鈴子は青年の子を身ごもります。ところが、青年は病にかかってしまいます。會えない日々が続き、そして、臨月の鈴子のもとに屆いたのは青年の訃報でした。死に目に會えず、結(jié)婚もできないままの別れ。數(shù)日後、鈴子はひとりで娘を出産しました。鈴子は、ひとりで娘を育てながら舞臺で歌います。そんな中、生まれたのが「東京ブギウギ」です。明るく、飾らず、全身で歌う、鈴子の真骨頂。戦後の傷ついた日本に、その歌聲が響き渡ります。鈴子の歌聲に合わせて、笑顔で歌い踴る人たちが日本中にあふれていきました。鈴子は“ブギの女王”と呼ばれるようになり、大スター歌手への階段を一気に駆け上がっていきます――